ANAを初めとするスターアライアンスを使った旅行記が中心のブログです。

AWARD RTW #1 東京→サンパウロ

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成田へはスカイライナー。日暮里駅の改良工事が進んでおり、スカイライナーの待合室の位置も変わった。ただ若干広くなったもののまだまだ狭く、座るところがない。

いつも通りAカウンターでシカゴ・ワシントン経由でサンパウロまでチェックイン。

そういえばプライオリティーセキュリティチェックレーンの向かいにあった、抹茶系のオリジナルドリンクを出す「クーツグリーンティー」がつぶれていた。代わりにSUBWAYが入店。クーツグリーンティは個人的に好きなチェーンだし、世界展開も期待していたのだが残念。いかんせん日本での知名度が低すぎる。まずは日本での地盤を固めてから、といったところだろうか。

ラウンジに寄ってゲートへ。今日は第5サテライト側。

機材は初めての773ER。何となくあまり遠くに行く気分にならない。

Cキャビンはほぼ満席。2カ月前の予約時には大丈夫かと思うほどガラガラだったが、なんとかなるらしい。F席後ろのCが2列並ぶコンパートメントを確保。ややギャレイがうるさいが、妨げるものは少ない。

ウェルカムドリンクに続いて、食事前の飲み物。シャンパンの種類が変わった前のもののほうが好みに近く、キールロワイヤルにしてごまかす。

座席は同じNew Styleでも774に比べて、少し変化。モノ入れと靴入れが無くなり、ペットボトル入れが座席についた。座席にはリラックスモードというモードがプリセットされ、これは気に入った。また滑り台と言われていた座席にフットレストがついたが、個人的にはこれはなくてもいいと思う。

和食をチョイス。

デザートはパフェ。微妙。

少し読書後、ベイリーズをもらって4時間ほど就寝。

朝食も和食。小さなお弁当箱とお味噌汁。温かい和食が欲しかったらFに乗れということらしいい。朝食は洋食のほうがよさげ。

そんなこんなで日が昇る。

外を見ると雪景色だが、機内音楽は沖縄系のチャネルを選択。しかも2チャンネルも沖縄系の音楽が用意されている。

シカゴに到着。イミグレには我々のみで、外国人レーンは1人で対応。それでも日本人らしく、戦勝国を目の前に死んだように静かに並ぶ。


入国してターミナルを移動、再度セキュリティチェックを受け直す。もの凄い行列が出来ているが、プライオリティレーンを利用すれば問題ない。セキュリティチェックの厳しいアメリカだとありがたい。カバンの中を全部調べられる。現在の警戒度はオレンジらしい。馴染みのない色である。

ベンディサイズのスターバックスを持つ人々をよく見かける。アメリカに来たことを実感。

CコンコースのRCCまで移動。広くて快適。

しばらくしてから搭乗。ワシントン経由ブリュッセル行きの国際線機材。2クラス機材ならばC発券はF扱いになるが、3クラス機材の場合はそのままCクラスとなる。

温めたナッツと、昼食にローストビーフサンドイッチが出る。これはおいしい。

ワシントンで乗り換え。徐々に新塗装の割合も増えてきた。

時差ボケでドアクローズ前から爆睡。起きたらすでに食事の配給をしていたが、眠いので食事も取らずに再び眠ってしまった。日本時間でいうと徹夜明けの朝のような感じ。

しばらくは寝られたが、一度起きてしまうと再び寝られない。シートが壊れているのか、フットレストが上がった状態で固定できない。いつもユナイテッドビジネスでは壊れた席に当たる確立が高く、との相性が悪い。

途中ブラジリアらしき街の光が見えた。その後朝食。


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RTW #19 ラスベガス→ニューヨーク

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一睡もしないで空港に到着。当然周囲は真っ暗。誰も空港のスロットで遊んでいない。

LASからJFKは、DENなどを経由した方が距離的には短いが、LAX経由にしたのは、ted運航区間を最小限に抑えたかったのと、SFO,LAXとJFKを結ぶUAのPS便を利用したかったから。

ロサンゼルスで友達と別れて搭乗。全体は新塗装だがノーズだけ旧塗装な757の3クラス。Fはライフラット、Cは国際線のものと同じだが革張り(その分だけヘッドレストが柔らかく寝やすかった)。YはY+のみ。

サービスのスピードが遅い。朝飯だか、昼飯だかわからない餌が出てきた。

隣のおばさんに話しかけられる。テニスの4大大会の一つ、USオープンがニューヨークで開催されるので、見に行くとのこと。

寝て起きると、ファイナルアプローチ。あっという間。いつもNHやUAで利用する第7ターミナル。JFKに到着するのは、今回が初めて。AIR TRAINと地下鉄を乗って宿に到着。

ルームメイトはおしゃべりなブラジル人大学院生。IEEEの学会があるためニューヨークに来ているとのこと。丁度先のトルコGPでブラジル人ドライバーのマッサが優勝したらしく、そんな話題を振る。

宿の主は大阪人。8th Avenueは大阪弁で「ハチアベ」となる。これはいかがなモノかと。

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RTW #15 東京→シアトル

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朝9時起床。フライトが15時半ということで、睡眠管理が難しいところ。朝食もバウチャーがあるのでタダ。この手のリゾートホテルの朝食の平均料金は2,800円らしい。家族4人で行ったら破産だ。吹き抜けが素敵。

部屋からはシンデレラ城も見える。

「UA876 PAX」御一行様は、12持にリムジンバスで空港へ。

昨日、このフライトがキャンセルではなくディレイだと係員が言っていた通り、今日のUA876便に先だって、昨日のUA876便がUA876D便として飛ぶ。ということで、機内はガラガラ決定。

出国審査後、RCC初入場。和と洋が融合した居心地の良いラウンジだが、飲み物と軽食はANA Loungeの方が充実している。相当ゲートが離れていなければRCCを選ぶ理由はないと思われる。

JFK行きのCがオーバーブッキングだから$?00でダウングレードか、SFO経由のFで行く人を募集するアナウンス。

トイレ。。たまたまデジカメを持っていたので撮ってしまった。

ボーディングスタート。B772ERの新塗装機。やっぱりガラガラ。なぜか日本人ばかりで、前日にアメリカ人を優先させたのではないかと疑ってしまう。

UA名物「温められたナッツ」。噂通り温めるだけでうまい。シャンパンと共に。

少し早い夕食はObentoをあらかじめ電話で予約。割とレベルは高いが、田楽味噌を使ったメインが口にあわない。

途中、シャンパンのおかわりを薦められたが、結構酔っぱらってきたのでお断りをした。するとCAが「あなたが空けちゃったこのシャンパン、まだたくさん残っているのよ! 飲みなさいよ(笑)」と冗談を言われる。「俺の責任ですか?」と聞くと「えぇそうよ」と。知ったこっちゃないがもらっとく。

デザートはチーズセレクション。ポートワインと一緒に。

酒の勢いを借りて寝る。が、爆睡とまでいかず。やっぱりUAのシートは自分に合わない。特に堅くて高さがあるヘッドレストが気に入らない。おかげでぐっすり寝られないし、首の部分に不快感が残る。

久々の太平洋横断。飛行中にシートベルトサインが何度かつくのも、太平洋線ならではで久々。さようなら2006年8月24日。こんにちは2006年8月24日。

朝飯は軽めのフルーツプレート。

シアトルに到着後、すぐにホテルにチェックイン。昨日の分の宿泊をキャンセルせず、朝早くでもチェックインできるのは賢明な判断だった。

いろいろシアトル観光も考えたが、いつの間に寝てしまってタイムオーバー。球場にバスで向かう。既に街には、シアトルマリナーズとニューヨークヤンキースのユニフォームを着た人が、歩いて、バスを使って球場を目指している。シアトルは少し寒い。

セーフコフィールド到着。開場は2時間前。既に多くの人が開場を待っている。

開場後、試合前の練習を見ることができた。既にマリナーズの練習も終わりかけており、城島のみ見ることができた。

裏ではすでにヤンキースのアップがはじまっており、その中に松井の姿を見ることができた。

松井、がっかり?

キャッチボール開始。

この様子は、多くのカメラマンが注目しており、日本のメディアはもちろん、台湾系(?)の新聞のカメラマンも。

NHKのカメラも練習する松井の様子を中心に映している。

その他の選手達。ジーター。

若手のホープ(らしい)ホセ・ロペス

試合開始前の写真いろいろ。

試合開始。

座席はイチローの定位置、ライト側。

試合前の参加型イベントに城島出場。

イチロー守備につく。なんとこの日はセンターに。。。せっかくライト側のチケットを買ったのにアンラッキー。。

芝の様子を確かめるイチロー。

初回、いきなりイチローのナイス守備を見ることができた。エリア51!

この日のヤンキースの先発は、ランディ・ジョンソン。名投手の姿が見られてラッキー。

マリナーズの攻撃、イチローがヒット。その後盗塁をしてホームに生還、マリナーズが一点を先制。

その後もイチローは守備で大活躍。この日のテレビにもファインプレーが映っていた。一方で城島はいまいち。

ホットドッグとビール売り。「Hog dog and beer are right here!」と大声を張り上げる親父。アルコールはどんなに大人に見えても写真付きのIDカードがないと売ってくれないようだ。

綿菓子売り。

あの選手、誰だっけ。

この日はマリナーズの勝利。最終回に先発を外れていたアレックス・ロドリゲスが代打で出場。マリナーズファンのブーイングが球場に響いた。

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RTW #12 台北→東京

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朝10時のフライト。バスで空港へ行くが、バスの中を見渡してみると観光客の方が少ない。空港職員や近所の工業団地に勤めている人の足となっており、途中空港まで乗ったり降りたりで、なかなか空港までたどり着かない。

前回の事もあり、無意味にインボラアップグレードを期待しつつ聰合航空(UA)のカウンターでチェックイン。当たり前のようにが出てきたのは「C-cabin」と書かれたボーディングパス。すぐにそれを破れという念力をいれたものの「いってらっしゃい」と言われ、退散。

SQラウンジ。お粥があったので、それを朝食代わりに。無線LANはタダ。このフライトの空席情報を見てみると「Y9」。確かにインボラはあり得ない。

台北 SQラウンジ

772ERの東京経由シカゴ行き。どこから涌いてきたのかCは埋まってる。

772

UA Cクラス

昼食は牛フィレ肉を食いたかったが、数がないということで魚(白身魚の酒蒸し)に。周り見渡しても牛フィレ肉を食べている人を見かけなかったので、何らかの理由で積んでる量が極端に少なかったのかもしれない。

デザートはアップルシュトゥルーデル。甘かったけど完食。

デザート

朝早かったので食後すぐに寝る。UAのCクラスのシートは初めてで写真でしか見たことがなかったが、予想以上に倒れることに驚き。座面付近に段差があるのでライフラットまでは行かないが、それに近いものがある。ただ、ヘッドレスト部やレッグレスト部に難があり、快適に寝られるためにはある程度の経験が必要かも。

NHと微妙に電子機器をOFFするタイミングが異なるため、成田へのファイナルアプローチ前に九十九里海岸を撮ることができた。

1タミ、第1,3,4サテライトに見事に並ぶNW,KE,UAに迎えられて着陸。ここはどこの国じゃ。

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RTW #5 ホーチミン→香港

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ホーチミン発6:10という、とんでもないフライトの時間に合わせるために、朝3時起床。タクシーで空港まで向かう。まだ朝早いが、結構な数のバイクが走っている。市場らしきものも、賑やかだ。

チェックインカウンターにて、地元の感じのいいお兄さんに「Mr.Watanabe、本日はファーストクラスにアップグレードさせていただきます」と言われる。ガラガラだろうと思っていた区間で、オーバーブッキングとは意外。結構飛行機に乗っているが、インボラアップグレードは初めての経験。今までUAのエコノミーで、酷い仕打ちを受けてきたことを全部忘れてやる。

ホーチミンのラウンジはビジネス・ファーストの共通ラウンジ。ちょっと食える系のものはある。こちらはガラガラだったので、Y→Cのインボラアップグレードも相当いたに違いない。

ボーディングの際の行列の時には、先のお兄さんに見つけられ、最優先で通してくれた。機内に入り、キャビンを見てみると頭上のストレージ付近から、もくもくと煙が出ている。おばさんCAが「SPAへようこそ!」と笑顔で迎え入れている。「何じゃこれ」と聞くと、外気との湿度の差の影響と説明してくれた。

座席数の違いからか、NHのFと比べるとやや横幅は狭い。また仕切りがさほど高くないので、フルフラットにして寝ると、どんな格好で寝ているかわかってしまう。おばさんCAは親切。愛想良く振る舞ってくれ、困っているような仕草をしている時も、声を掛けてくれる。

朝食はベジタブルオムレツ。割と軽め。銀色のナイフが出てきたので驚いたが、プラスチックのナイフが銀色に塗られているだけだった。

少しベッドで寝たら、着陸態勢に。香港の建物が窓から見えるが、スモッグがかかっている。パスポートコントロールでは中国語が飛び交う。うるせぇ。台北からの便が多く到着する時間帯のようだ。

エアポートバスで市内中心部にある宿へ。香港名物高層マンション群があちこちにある。

宿に到着したものの、まだ部屋の準備ができないとのことで、クソ重たいパソコンをバックに入れたまま観光へ。香港らしい風景を写真撮影。

モスクもある。確かに意外とイスラム系の顔をした人を香港で見かける。

とにあく暑いので、涼しくて時間が稼げる場所、というもので選んだのが「香港歴史博物館」。

昔の香港の有史前の時代の香港からから、香港変換までの歴史資料などが「Hong Kong Story」ということで展示されている。この手の博物館としては、かなり大きいもので見るのに結構な時間がかかる。地元の人で親子連れで賑わっている。

その後、地下街をぶらぶらしたあと、香港島の様子を見てみるために、アベニュー・オブ・スターズへ。やっぱりスモッグがかかっていて、建物がよく見えない。

チェックインしたあとは、お昼寝。。。してたら夜になってしまう。SOGOに買い出しついでに、再びアベニュー・オブ・スターズへ。するとシンフォニー・オブ・ライツという光のショーの最中だった。残念ながら三脚を宿に置いてきてしまったので、夜景を綺麗に撮れず。スモッグも取れてないので、また後日にしよう。

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2004年12月5日 シカゴ→ニューヨーク

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早くもシカゴ発ニューヨークへ。ニューヨークには実質24時間も滞在しないので、なるべくダウンタウンに近い方ということで、ラガーディアを選んだ。

チェックインすると、ようやくSSSSの文字は消えていることを確認。エコノミープラスをアサインされたが、EXIT ROWと書いてあり、英語に自信がなかったので、万が一を考えて変えてもらった。すると、普通のエコノミーで通路側に変更。情けない。

シカゴ・オヘア空港は、5つのターミナルがあるのだが、ユナイテッドが使用しているターミナル1だけでも、少なくとも5つのスターバックスがある。しかも案内標識にまでサイレンマークと「Sturbucks」という文字。親切にも「drip only」と書いてある店舗もある。日本ではdrip onlyなお店はあるんだっけか?

ホワイトチョコレートモカが甘くて死ぬ。ゲート前のいすの手すりにちょうどスタバのカップが載るのは気のせいだろうか。

機内では、隣が浮浪者っぽいオヤジとデブなおばさんの最悪なコンビ。飛行機は、左回りの渦を巻くように、マンハッタン島を大きく東から南、そして北へ旋回し、ラガーディア空港には、南方向へ侵入した。最初にアサインされた席ならば、マンハッタン島が一望できた席だっただけに、非常に惜しい。アナウンスでは、「左手に見えますのが、マンハッタン島でございます」と見えるものの案内をしている。締めの言葉は「Welcome to the center of universe」。最高なお言葉。

ラガーディアからはバス、地下鉄でマンハッタン島へ。合計たったの$3。ニューアーク空港からより、お金も時間もかからない。

ホテルは51Stの2ndAvと3rdAvの間。どこに行くにもアクセスが良かった。ニューヨークは全体的にホテルが高いのだが、泊まったところは安いし、空港までも楽だし、フロントも親切なので、今後とも利用する可能性が高い。

近くのイルミネーション

まずはロックフェラーセンターのクリスマスツリーを目指すが、周辺は人ごみで大混乱状態。NYPDも出動して、あたりの交通整理を行っている。まるで年末のアメ横、元旦の明治神宮、閉園前のディズニーランドのお土産屋の中状態。なかなかクリスマスツリーと、下のスケートリンクを見える場所にたどり着けない。前の人はかぶりついて、交代しようとしないのだ。

ムービー
(自動的にコーデックをダウンロードします。SP2の人はセキュリティレベルを下げる必要があるようです)

やっとたどり着いた。

前回はアメリカ国旗で埋められていたが、今回は旗が変わっていた。

スケートリンクは入場制限中。今滑っている人は何時にやってきたのだろうか。
ムービー

これは反対側のビルでやっていたイルミネーション。
ムービー

あたりをブラブラして、宿に帰る。どこも日曜日なので、店が閉まっている。エンパイアステートに上ろうとしたが、やはりマンハッタン中のビルは、照明がついていない。ビル丸ごと真っ暗というところもある。もったいぶって、またの機会にする。

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2004年12月3日 東京→シカゴ

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今度はシカゴ・ニューヨークまで行って来ました。成田空港は7年ぶりのターミナル1。2時間前に着いたので余裕だろうと思っていたが、ユナイテッドのカウンターだけ物凄い行列。こういう時に優先チェックインが欲しい。100人くらい並んでいたが、ほとんどが韓国人だった模様。残念ながらエコノミープラスは空いてなかったが、通路側をゲット。

チケットを見てみると、またもや「SSSS」の文字が。どうもユナイテッドからは嫌われているらしい。「スーツケースの中身空けろ」と大展覧会を開催(一応周りに囲いがありプライバシーは守られている)。ゲート搭乗前でも、手荷物検査があり、パソコンを起動させられる。こういう時にバッテリ切れだった場合は、どうなるのだろうか。

出国審査場の前にあるクリスマスツリー。

幸い隣の席は誰もいなかったが、やはりエコノミープラスに比べてノーマルエコノミーはピッチが狭い。パーソナルモニターもないので、機内はほとんど睡眠。日本午後発、現地午後着は時差ぼけの影響が少ないので楽になる。

入国審査は「こんにちわ」(アクセントは例によって「に」)、アメリカに何しに来た?とだけ聞かれる。前回出国から10日くらいしかたっていないので、怪しまれないか不安だったが、特に問題がない。(ここら辺、親父がかなり心配していたw)

バゲージクレイムではじめて気づいたが、ユナイテッドだからか、9割以上が非日本人。「東京」と前に書いてあるTシャツや、「うなぎ」と後ろの書かれたTシャツを着ている人を多く見かける。アロハシャツは別として、日本人は観光先でTシャツを買っても、すぐに着ることはないと思うが。ましてやフライトで。

空港の外に出てみると、非常に寒い。気温は3度。空港周辺もうっすらと雪が残っている。ホテルに16時着。ダウンタウンまで往復1時間かかるので、今日は残り仕事を済ますためにホテルに滞在。値段の割りに快適過ぎて死ぬ。

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RTW #15 ニューヨーク→ロンドン

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朝早く、ものすごい轟音が聞こえ、目が覚める。何かと思い見てみたところ、大雨。この日のNYは、豪雨による地下への浸水により、交通機関がマヒしていた。朝飯にSUBWAYに寄ってみたところ、店員が「動いている路線が限られているから、混雑がすごいのよ。クイーンズからマンハッタンまで2時間かかったの。今日はみんな仕事に遅刻ね」なんて言っている。この日は空港へ行かなければならなかったので、またエレベータがない地下鉄に乗るのも面倒なので、シャトルバスを電話で予約する。

しかし、これが不運の始まりであった。

13時に宿の前で予約したのだが、一向に来る様子はない。30分して「おいどうなってんだよ」と電話をしてみたところ、「あと2分で到着しますので」とのこと。結局来たのは14時。フライトが遅かったから良かったものの、使えないシャトルバスだ。

遅れたにも理由があったようで、この日のマンハッタンは大渋滞。朝夕はこんな感じなのだろうだが、昼にこの混雑振りは少なくともここ数日見たことが無かった。雨ともあって、タクシーも多い。みんなイライラしているのか、運転は荒く、少しでもすいているレーンに進もうとする。当然後ろからクラクションが鳴らされまくる。

空港の到着したのは1時間半後。普段はマンハッタンからの所要時間が45-60分と書いてあるだけあって、相当遅れたようだ。ターミナル7は、British AirwaysとUnitedのターミナルで、やはり綺麗。同盟国通しの、特別扱いか。全日空のターミナルはボロかった気がする。

しばらく空港でメールチェック。時間になって、チェックインを行った。セキュリティーゲートは、ものすごい長蛇の列だが、一つだけガラガラな列がある。今までの経験から「SSSSはあそこに回されるはず」と、直接その列に行ってみたらビンゴ。無駄に並ばずに済む。SSSSの扱いにはもう慣れている。靴まで脱ぎ金属探知機ゲートをくぐり、体を大の字にして立ち、ハンディ型の探知機の検査を受ける。「はいはい」と普通の列に並ぶより早くゲートを抜け出る。ざまーみろ。

適当に夕食を取っていたところ、とんでもないことに気づく。パソコンの電源ケーブルと、折りたたみ傘が入ったビニールの袋がない。。。空港までのシャトルバスに置いてきてしまったのだ。仕方が無いので、バス会社に連絡すると、今日はもう運転手は仕事上がりとのこと。

「その運転手、もう一回空港まで来てくれない?」
「何時になるかわからん。明日以降はどうよ?」
「もうNYに戻らない」
「知るか」

---終了---

あーーーー。

東芝にイギリスで電源ケーブルが手に入るのか聞いてみたところ、電気街で手に入るとのこと。不安を覚えつつも、イギリスで探してみることにする。こういう時に限って、かわいいブロンド娘が「あなた、パソコン持っているのを見かけたんですが、ちょっとメールチェックさせてもらえませんか?ターミナルにインターネットカフェもなくて暇なんです」と聞いてくる。「お前にやるバッテリ残量はこれっぽっちもない」

空港で、ジョン・レノンの妻「オノ・ヨーコ」を見かけたような気がする。British Airwaysのラウンジ「コンコルド(だっけな)」から出てきた。

ようやく搭乗。機種はB767-300。なぜこの同盟国間のフライトがこんなに小さい飛行機なのだろうか。みんなBritish Airwaysを選んでいるのだろうか。機内も空席が多数見られる。ロンドンまで6時間、最後のユナイテッドのフライト。

今日の思い出写真・・・2.6メガバトル
写真一枚は寂しい。

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RTW #12 シアトル→ニューヨーク

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宿まで空港までのバスにピックアップしてもらう予約をするために、朝7時起床。ついでに久しぶりに朝飯を食べる。

近くのスターバックスでメールチェックをした後、バスに乗車、出発2時間前着。チェックインしようとしたら、「お前、予約ないよ」とサンフランシスコに続いてまた言われる。とりあえずNYまで行けるようなので、NYで聞いてみよう。

シアトル・タコマ空港は、その土地柄、アラスカ航空も乗り入れているようだ。日本では聞きなれないが、ロゴの「ALASKA」が寒そうだし、垂直尾翼に描かれた、顔がなんとも言えず、印象に残る。

NYまでは、シカゴ経由の7時間。さらに時差が+3時間あるため、実質一日のうち、移動に10時間消費してしまう。参った参った。世界一周旅行では、やはり西回りの方が時差の影響が少ない。今回は事情があって東回りだったが、次回は西回りで行ってみよう。

機種はB757。シカゴで一旦下ろされ、一時間後に再搭乗する。シカゴ空港は、ユナイテッドのハブ空港と機能している。これだけユナイテッドの飛行機が並ぶと、気持ちが悪い。搭乗前に、ANAに連絡を取ってみると、ユナイテッド航空によって、アメリカ内の予約が全て取り消されているとのこと。何やってんだか。シカゴからニューアークまでの便は、隣にデブが二人座って迷惑。

ニューアーク空港に着いたのが24時。この日は空港の近くに宿を予約してあったからよかったものの、周りを見渡しても(空港から1分だとか)、全く見当たらない。深夜なので、インフォメーションセンターもやっておらず。。30分程度さまよった後、空港職員を捕まえ、聞いてみた。シャトルバスが出ているから、それを使えとのこと。

徒歩1分のはずが、バスで10分も移動しているのはなぜだろう。それでも宿は間違っておらずチェックイン完了。部屋に行くと、まだ掃除中。やっと部屋には入れたのが、25時30分。さすがに眠い。

掃除中の間にユナイテッド航空に電話してみて、予約を取り直す。よかった、よかった。

今日の思い出写真・・・13.2メガバトル

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RTW #9 サンフランシスコ→シアトル

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それにしてもサンフランシスコはあまり見るところが無かった。観光都市ではない気がする。シアトルに向かうために空港へ。綺麗な空港。

ANAのカウンターで、残り行程の航空券を再発行してもらう。「ブラックリストに入れておきますね」と言われて、初め自分がリストに入れられるのだと思い、苦笑。後からわかったが、経路変更が可能で、有効期限が長いため、無くしたチケットがブラックリストに入れられるようだ。しかし最近では本人確認が厳格なため、あまり気にすることは無いだろう。

チェックインのためにユナイテッドのカウンターに行くと、なぜか「あなたの予約がないです」と言われる。それでも問題なく発券してもらえたが、これまた「SSSS」。もはやどうしようもない。手荷物検査でチケットを見せると、蛍光ペンでグリグリSSSSをマークされる。馬鹿らしくなったので、「いやー選ばれちゃったよー」と手荷物検査でジョークを飛ばしてみる。

昼食を何か取ろうとしたが、アメリカらしくどこもサンドウィッチ系ばかり。パンにはもう飽き飽き。これまた日本食のお店があったので、入ってみる。昨日の所と同じ系列らしい。普段あまり好きではないきつねうどんも美味しい。

飛行機はB737-300。この前のSYD→SFOの座席より、なぜか前後幅が広く感じた。ほぼ定刻の12:50にプッシュバック。途中機内からは、ゴールデンゲートブリッジがくっきりと見えた。

ユナイテッドの機内サービスのコーヒーは、スターバックスの豆を使っており、カップもロゴ入りのものが出てくる。たまに中途半端な知識で、「カフェモカ」「カプチーノ」など、注文する客もいるとかネットに書いてあった。あくまでも豆だけで、スチーム・フォームミルクは作ってくれない。

定刻どおり、シアトル・タコマ空港に着陸。やはりF1を思い出してしまうのは気のせいだ。空港ではやたらと日本語案内が目に付く。アメリカでは余り大きくない都市のはずだが、やはりマリナーズの影響なのだろうか。

タコマ空港からは電車は通っておらず、ダウンタウンまで車で行かなければならない。シャトルバスを選ぶ。$23、高い。途中、セーフコフィールドも見えた。

宿にチェックインして荷物を置いた後、パイクプレースマーケットを目指す。ここにスターバックスの第一号店があるのだ。シアトルはスターバックス・タリーズ・シアトルズベストコーヒーの発祥地だけあって、本当に店舗数が多い。スターバックスに限っても、2ブロックに一つある有様。本当にやりすぎ。まぁその分だけ、消費する客も多い。

パイクプレイスに着いたのは良いものの、のようなところに本当にコーヒーショップがあるのか、というところ。魚市場と商店街が一緒になったようなところである。そんな場所の中、昔のロゴを並べた店舗が見えてくる。

スターバックスには、店舗・地域ごとにご当地マグカップ・タンブラーが用意されており、第一号店のは、昔のロゴがプリントされている、という情報を得ていたが、あいにく店内には置いておらず。代わりなのか、パイクプレイスのマークが入っているマグを買う。

店の中は、カウンターと、グッズ棚のみで、席がなかったのは意外。テイクアウト専門店としてスタートしたのだろうか。スターバックス会長は、いまだにこのお店の鍵を持っており、たまに訪れるらしい。

聖地巡礼をした後は、夕暮れ時なので、宿に帰る。それにしても、なぜか市内には「TERIYAKI」という表示が多い。関係ないが、TERIYAKIと聞くと、鶏肉、鶏肉といえば、焼き鳥ということで、日本の焼き鳥が恋しい。

宿の近くにあったビル。WTCに似ているなぁ。

宿には野良無線LANが入っていなかったので、近くのスターバックスにまた入り、T-mobileのサービスを利用する。これだけ対応店舗数が多ければ、街中の無線LANも悪くはない。

今日の思い出写真・・・26.3メガバトル

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RTW #7 シドニー→サンフランシスコ

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今日はサンフランシスコに移動の日。というわけで普通にフェリーに乗りシドニー市街、空港へと出る。

先述の通り、チケットをすべて無くし、とりあえずサンフランシスコまでは普通運賃で新たに航空券を買い直す。まだ3時間以上前だが、チェックインカウンターにすごい行列ができている。30分並んでようやくたどり着いたが、「チケットないとダメだね、あっちで発券してもらって」とのこと。ガーン。

今までチェックインに時間がかかったことは無く、なぜ「優先チェックイン」などという概念があるのか不思議なくらいだったが、この日のシドニー→サンフランシスコの行列を見て、ようやく理解できた。これが普通なのか?

発券カウンターでも、いろいろ問題発生。JCBカードを見せたところ、「これ、クレジットカードか?」と言われた。この時初めて海外でJCBが使えないことを体感した。仕方がないので、日本のユナイテッドに電話をして、助けをもとめる。結局日本でEチケットを買うことで解決。

またチェックインカウンターに並び直す(涙)。しかし、すぐに、「そこのお前、ちょっとこっち来い」と指名され、職員にスーツケースの中を開けさせられる。中の物をほとんど開けられ、一つ一つ「これは何だ?」と聞かれる。中身が他の乗客に見えないとはいえ、恥ずかしい。やたらと電化製品やケーブルがあるので、さらに怪しまれる。「エンジニアか?」

嫌な気分になったので、「何で俺を選んだんだ?」と聞くと、「はは、ラッキーパーソンだからな」とか言われる。嘘つけ。さらにこの応対の仕方、他の方もされたようで、うまくマニュアル化されている模様。

幸い、チェックインは並ばずに優先させて処理してくれる。「いやー、ありがたいな」と思いながら、交換されたチケットを見ると、「SSSS」の文字が。キター。

SSSSとは、「こいつ、怪しいからよく調べろ」の意味らしい。非英米人だからだろうか、チケットをなくしたからかだろうか。手荷物のX線検査、ゲート前でも手荷物検査があり、素晴らしい待遇を受ける。気分悪い。

もっと気分が悪くなったのは飛行機。機種はB747-400で、嫌な予感はしていたがパーソナル液晶はない。チェックインが遅かったせいか、SSSSのせいか、真ん中の席の真ん中に座らされる。前後のシートピッチが超狭く、国内線かと思うくらい。隣の人は、クソ太った男。トイレに立つときも、無茶苦茶苦労しており、そう簡単にトイレに行くためにどかせそうにもない。当然自分のスペースにもはみ出してくる。13時間の発狂しそうなフライトであった。またなぜか自分だけ、夕食にパンがついておらず、デザートが配られなかった。ユナイテッド。。。。。

フラフラフラになりながら、サンフランシスコ着。とりあえずANAのカウンターに向かう。事情を説明し、3日後のシアトル発までには用意するとのこと。よかった。外を見ると、あの無機質なアスファルトのコンクリートと独特の案内板。「あぁアメリカなんだな」。

ダウンタウンまではBARTという電車を使う。速いし、安いし、本数もあり、結構便利

空港の駅で、チケットの買い方を悩んでいると、「日本人の方ですか?」と助け舟を出してくれた方がいた。地元在住の日系三世の方だった。投入したお札の金額から、「目的の料金まで1$、5C単位でマイナスするボタンを押していく」という、日本では考えられないインターフェイスを説明してくれた。その方に、宿付近の情報やサンフランシスコの情報を得る。日本語も達者で、どうやら「Keio University」という名前も知っていたようだ。本当にありがたい方だった。

宿があるパウエル駅に着いたら、先ほどの方の情報どおり、観光客に混じって、あまり裕福ではない黒人、ホームレスが沢山いた。ガイドブックや、フリーペーパーのポストが個人ロッカーと化している。

サンフランシスコの道は碁盤の目になっているが、全く宿の場所がわからない。3人ほど人に聞いてようやくたどり着く。ここの人は、地図を見て悩んでいる素振りをしていると、結構声をかけてくれる(素通りしたと思ったら、「あぁやっぱり助けるべきだよな」的な戻り方をして「どうした?」と声をかけてくれた人もいた)。声をかけてくれない日本人が異常か。

それにしても、周りは老若男女問わず、太った人ばかり。「アメリカ人は太りすぎ」と、よく新聞記事になるものだが、ここまで全員だとは思わなかった。「金くれ」と周りに声をかけるホームレスといい、ピザを食いながら道を歩く太った奴といい、なぜか人類の終焉を感じさせる。

ホテルの周りの雰囲気はよくないが、立地はよく、メインストリートもケーブルカーも近い。内装も悪くない。

一休みした後、街に繰り出す。最初はケーブルカーの乗り方がよくわからなかったので、歩いて海の目指す。ケーブルカーはあまり本数は多くない。サンフランシスコと聞いて、すごい広い坂道に、ケーブルカーが走っているというイメージだったが、街自体も小さく、ケーブルカーの通りは、片道2車線しかない。路上駐車があるので、ケーブルカーと普通の車が、一車線を奪い合っている様子だ。

海まで行く途中で、ケーブルカー博物館に寄ってみた。サンフランシスコのケーブルカーの仕組は、道路の下にケーブルが張られ、町全体をケーブルがグルグル回っているという感じ。電車は、ケーブルを挟んだり離したりして、動いたり止まったりをする。市内には4路線あり、この博物館が全ての路線の動力源になっている。圧巻。

とりあえず海まで出た。フィッシャーマンズ・ワーフという、船着場の観光スポットに行く。特にこれと言って面白いものはない。

若干モヤがかかっているが、ゴールデンゲートブリッジが見える。

宿に帰るためにケーブルカーに乗ってみることにした。ケーブルカーの端にはターンテーブルがあり、ぐるぐると人力で回して方向転換をする。片道3$。

始発駅の乗り方はシンプル。列が出来ているので、並んで待つ。発車すると、車掌が運賃の回収に来るので、お金を渡せばいい。

宿に帰ってテレビを見てみると、話題は大統領選共和党党大会と、東部に近づくハリケーンのようだ。党大会の演説はまるで宗教。町中にも、いたるところにブッシュ支持の「4 more years」ケリー支持の「John Kelly for the president」などのステッカーが貼ってある。

宿では、野良無線LANが入る。宿のホットスポットは有料のようだが、まったく意味が無い。

今日の思い出写真・・・93.4メガバトル

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