「市民」とは誰か
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筆者は、日本において「市民」という言葉が独り歩きしていると指摘している。時には市民とは誰なのかが定義されずに抽象的に、時には市民という言葉に、官僚・政府などの悪の権力に相対する絶対善の存在であり、特別な意味を持たせすぎているという。「市民」という言葉を考える上では、ヨーロッパにおけるバックグラウンドとは不可分であると述べ、それらと切り離された市民の使われ方に疑問を抱いているという。
日本独特の市民という概念は、戦後のマルクス主義の、進歩史観・開放史観が、ヨーロッパのバックグラウンドと切り離されて、権力に抵抗する市民層、権力に抵抗するものの普遍性をもった実体だと考察している。ここで日本において議論されることなくヨーロッパから持ち込まれた、他の概念においても、普遍性を求めていった、戦後日本の社会科学を批判している。
しかしそれらの模範であるはずの、イギリス・フランス革命に関して筆者は、革命そのものがも歴史解釈の一つであり、概念の基本は古代、中世、近代とヨーロッパに脈々と受け継がれてきた意識であるため、市民は革命により突然として現れたものではない可能性を指摘、革命史観を否定している。
またさらに歴史をさかのぼり、市民の観念が生まれた古代ギリシャのポリスを書いている。ポリスでは成員の戦士の共同防衛体であり、その成員が市民であることを紹介。授業でも扱ったように、祖国の共同防衛が市民の義務であり、その義務を負うからこそ政治に参加できるものだ説明している。トゥーキディデースの引用もしており、市民の民主性が重要なのではなく、公共的なことに実を挺するのが市民であり、中世以降においてもそれらの精神が脈々とヨーロッパに受け継がれていると述べる。
ここで筆者は、共同防衛という概念に関して、日本の憲法を検討している。本来国家を前提として民がいるはずなのに、国民の権利ばかりを取り上げ、国民の国防義務を課さない日本憲法は「異常」と言い捨てる。この国防義務を課さない憲法が、ヨーロッパとの違いを端的に示しているという。
また筆者はルソーを引用する。ルソーの言葉の筆者による解釈によると、市民とは「公共の事項に対して関心をもつもの」だといい、共通の事項というのはもちろん国を守ることであり、本来ならばその「祖国のために死ぬ」という姿勢が市民像の第一条件であるという。もちろんこれらは、欧米の憲法・価値観に今も受け継がれていが、日本においては戦後忘れられたものだと批判する。
ヨーロッパにおける意識が現代にも顕著に現れているのが、「公」「私」の使い分けであるという。一方日本においては、「私」の世界の感情や利害が、そのまま「公」に流れ込んでいることを指摘している。ヨーロッパにおける共同体意識が日本にはないというのだ。



