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RTW #4 ホーチミン

先日予約したクチトンネル見学とメコンデルタツアー。朝7時40分に宿を出る。途中他のツアー参加者をピックアップして、まずはクチトンネルへ。ちなみにこのツアー参加者がいないとツアーはキャンセル。助かった。ツアー催行でも、ハネムーンカップルだったら最悪な訳だが。

車からの視点。クラクションをならしても、バイクはまったく退く気配もなく、遠慮して道の端を走るわけでもない。クラクションを鳴らしても、鳴らされても、怒鳴ったりしないのは国民性の違いか。

出勤風景。すごい。ホンダのバイクは高級品で、日本円にしておよそ100万円と、現地の人には非常に高いそうだ。その代わりに最近は安い中国製のバイクが良く売れているそうだ。

ホーチミンから西北に60キロ。クチトンネル到着。まずは座学。生活の場でもあり戦場でもあるトンネルは、三階建てになっており、距離にして250キロにもなるという。万が一米軍が入って来たときのことも考えて、落とし穴が仕掛けてあったり、ベトナム人しか入れない狭さの穴を途中に設けていたりする。現在のベトナム人もスリムな人ばかりだが(太っている人を全く見ない)、昔はもっとスリムだったそうだ。ベトナム人は、地図のようなモノをもっていたそうで、自ら落とし穴にはまることはなかったという。

クチトンネルは、その一部が観光客向けに見学や体験ができるようになっている。森の中へ。

B52の爆撃跡。ベトナム南部・北部は既に大丈夫だが、中部の方はまだ地雷が残っているところがあったり、地下水の影響で奇形児が生まれてきたりするなど、未だに影響が残っているそうだ。

トンネルの入り口。狭い。

落とし穴の例。葉っぱで隠した板が回転するようになっている。ここに落ちると。。。

竹槍でグサっと。

この堀は対地上用に、移動用に使っていたモノ。そこからトンネルへの入り口もある。

トンネルの中にはキッチンもあり、そこから出た煙は分散して排出される。

これも。

トラップの展示。いろいろと工夫がされることがわかる。

で、実際にトンネルに入ってみる。この屋根は観光用のもので、当然戦争当時はない。中に入るとものすごく狭く、屈んですり足で移動するのが精一杯だ。これでも観光客向けに広げたというのだから、驚き。当然、中にはランプもない。すれ違いができないトンネルだが、そのような時は年下が譲るというルールがあったようだ。

これはタイヤで作られたゴムサンダル。底が厚いため、怪我をしにくい。ホーチミンは死ぬまでこれを履いていたとか。小さいお土産用も売っていた。

これも爆発跡。

そんなこんなで見学は終了。バンでメコン川へ行く。途中なぜか日本にいるような錯覚を覚えた。なんとなく田舎の雰囲気ににている。田園風景や、電信柱の形や、道路沿いの古びた民家・お店がそれっぽい。

さとうきび?

結構な時間走ったが寝てしまい、起きたときには昼食を取る場所へ。なかなかいいところ。店員も日本語をしゃべる。昔からのツアーの休憩場所なのだろう。揚げ春巻きとフライドエレファントフィッシュ、花海鮮なべ。この他にも、手長エビのグリル、風船餅、ベトナム風のチャーハン、旬の果物。

再び10分ほど走ったところで、船着き場に到着。

まずはモーターボートでユニコーン島と言われる中州みたいなところへ。メコン川はカーフェリーも渡る。

降りたところで、お土産屋とお茶屋が待ちかまえている。とは言え、どこも押しつけがましくなく、むしろお土産を売る気がない。

まずはココナッツキャンディーの製造所へ。

続いて養蜂しているところ。なぜか蜂蜜とキンカンの飲み物を飲まされる。

くつろいでいるところに、スコール。かなり激しい。

別の場所でフルーツを食す。なぜか生演奏つき。こういう音楽なのか、歌唱力はいま一つ。最後の曲は、我々が日本人だと知ってか、「幸せなら手を叩こう」。これも長年日本人ツアー客になじみがあるからだろう。

別の場所に移動して、今度は手こぎボートで密林の中をうろうろ。一応生活するところになっており、船は欠かせない。また小学校もあるそうだ。

進む進む。

メコン川に再度出たところで、モーターボートと接続。「やれやれ、送ってやったよ」な表情。

最後にココナッツジュースのサービス。

ほぼ2時間かけて、ふたたびホーチミンへ。道沿いの看板を見ていると「PHO(フォー)」「COM(チャーハン)」などの看板の他、「HONDA」の看板も目立つ。

寺院。


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